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986-0111
母の三回忌法要も終え
意を決し 法友(和尚友達)石巻市 光厳寺の千田豊穂和尚さんを訪ねることにしました。
お逢いして直接感謝の気持ち伝えたかったし、お渡ししたいものもあったから。
突然の訪問にも忙しいであろうに、そんの素振も見せず、快くご夫婦でお付合い下さいました。

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           【 光厳寺さま】
 
発生時 御住職は来客と談話中だったそうです。
揺れが小さくなったので、寺坊の点検を一先ず終え 教区長(近隣の31寺院のまとめ役)である彼はまだ余震頻発の中、奥様の制止も振切って海岸沿いの寺院の安否確認に出掛けたそうです。
しかし 当然道路は水没、寸断止むなく帰宅。
ライフラインも完全に遮断され、近隣から僅かに伝わる話や唯一の情報源の携帯ラジオからではなかなか地元の情報は伝わらず、数日してやっと教区寺院の被災状況と避難場所が判明したそうです。
教区寺院住職がお2人、寺族が1名亡くなられ、数ヶ寺が避難生活を送っておられたそうです。
 
 あまりにも多い震災死亡者に対し一日フル稼働しても被災地の火葬場では25~26体しか対処しきれず、隣県の山形県まで搬送し荼毘に臥される方々もいたそうです。
 大半のご遺体は上品山(標高466m)の頂上付近に集団仮埋葬され、各地の火葬場や仮埋葬地では多くの僧侶達が読経のご奉仕をされ、また寺庭婦人や青年僧侶は避難所への炊き出しを続けられたそうです。

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 本堂上の間には被災寺院檀信徒老若男女の遺骨が丁寧に安置されていました。
多い時には108体 現在でも27体が懇ろに安置されています。
お参りの方々で毎日お花は絶えないそうです。
(鈴木巴那)さんと言うまだあどけない少女の写真が目に止まりました。
まだご遺体は見つかっていないそうです。
お兄ちゃんの堅登くんも震災の犠牲になられたそうです。


石巻市 
 (11/9現在) 死者3180名 行方不明者688名 住宅全半壊 25003戸 
  仮設住宅建設7298戸100%完成〔131ヶ所) 避難所10/11全閉鎖
 (2/28現在)人口162822名 所帯数60928  
 
住職ご夫婦の案内で被災地を視察させて戴きました。

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教区ご住職が勤務中犠牲になられた【北上総合支所】

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  児童108人中 70人が死亡 なお4人が行方不明
  教職員13人中(うち2名不在)9名死亡 1名救助 
石巻市立 【大川小学校】
  被災児童鎮魂碑前は今なお献花や供物で一杯でした。
  その中に鈴木巴那という名前を見つけました。
  光厳寺の鈴木巴那ちゃんは大川小学校の生徒だったのです。
なお 表題の 986-0111は石巻市立大川小学校の所在地
 宮城県石巻市鎌谷山根1の〠番号です!!

 

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    【龍谷院さま】
  本堂はご覧の通りですが、御住職は流された庫裡(寺の住居)の2階の屋根に這い上がり数時間漂流、本堂裏に軟着陸し奇跡的にたすかりました。
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数日後発見された本堂の大馨は津波に磨かれ金ピカに輝いていたそうです。
その大馨で澤の水と玄米で粥を炊き生存者仲間と飢えをしのいだそうです。
この日はご住職も檀信徒の方々も元気に後片づけをしていらっしゃいました。

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      大型バスが屋上に上がったままの【雄勝公民館】

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          【港近くの石巻市門脇町4丁目】

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押し流された車の火花でガソリンに点火 火災で焼け焦げた
        石巻市立【門脇小学校】
幸い児童の犠牲者はなかったそうです。
奥様の母校です。

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墓石がそのままのお寺とお墓【石巻市門脇町】
 
8ヶ月を経た現在の被災地。
どの情景を目の当りにしても、足がすくみ、身震いしました。
自然の猛威・怖さを痛感させられ、切なさを感じ、自然に目頭が熱くなりました。
『何だこれは・・・・!!』後の言葉は出てきません。
唯々そこで両手を合わす事しか術はみつからないのです。

『何時来るかも解らない地震に・・・・。』『もうこの年で今更・・・。』と被災地でない私たちはついつい無関心をよそおってしまう。
 しかし 現地に立ち荒廃した情景を目の当りにした時、大川小学校の献花台に手を合わせ犠牲になた児童たちの無念の思い痛感した時、そんな安易な言葉は絶対に口に出してはいけなと改めて感じました。

 ましてや幼気な、子供たちの未来を、生命を私たちの無関心な気持ちで、安易な考えで絶対に奪ってはいけないし、巻ぞいにしてはならないのです。
私たちはこの悲しい大惨事【東日本大震災】を教訓として決して忘れてはならない、風化させてはいけないのです。
【東日本大震災】の犠牲になられた御霊の御冥福と一日も早い現地の復興を衷心より祈念申し上げます。合掌

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